無意識に足を引っ張る母親。

 SNSで知り合いになった人はたくさんいるけれど、まぁたいてい、つきあいは長続きしない。不思議なものだ。オフ会などで直接会った人とも、オン上でのちょっとした誤解であっけなく終わってしまう。仕事で、直接会った方があとあとやりやすいと言われて育った私だからこそ、首を傾げてしまう。といっても、自分だって一方的に切り捨てるときはあるけれど。

 

 このようなSNS環境で知り合い、そこでもう切れているからこそ書けることをしたためる。

 

SNSで知り合ったアラフォー女性。直接聞いたわけではないが、ポストする内容から、若い頃は歌手になりたかったし、オーディションもたくさん受け、ある程度のところまでは勝ち進めた。けれど、二度挙式し、妊娠を経る途中に夫のDVが判明し、身重の体のままで命からがら実家に戻り、歌手の夢は潰えたということがわかっている。そしていまは国家資格のような資格を取得し、シングルマザーで頑張っている人。

 

 この女性、端から彼女のポストを見ているだけで苦難の連続なのが手に取るようにわかる。しかも生まれた子供は発達障害発達障害にあまり知識のない私だから、詳しい病名こそは覚えていないが、子供の症状や普段の性格までことこまかに長文ブログで投げ銭を設けてまで記している。もちろん、自分の写真はもとより、子供の顔写真をもアップするのを忘れない。ちなみに子供は中学生。思春期まっさかりだ。

 この女性は、聞いてもいないのに自分および家族のことを包み隠さず、それはもう赤裸々と断言できるほどあからさまに書き連ねている。

 

そして、この子供の夢が最近一歩叶い始めたとポストした。読んでいくと、小さいながらも芸能事務所に登録でき、芸能人として仕事を始めているとのこと。母親である女性は事務所に掲載されている自分の子供のリンク先を嬉々として貼り、ステージママとしてSNSでも幅広くそれなりに暗躍している。

 

 ただ、つながっている人間が多いこの女性の子供に対する活動というか、行動が、子供の夢を潰しにかかっていることになぜ気づかないのかに疑問が行き着く。最近は発達障害は知られてきている病気だが、まだまだ市民権を得るには至っていない。むしろ偏見の目で見られる可能性だってまだ高い。それなのに、それなのに、なぜこの女性は、自分の子供をあえて崖っぷちに立たせるようなことをするのだろうか。病気があることを隠す必要はないが、いつか本人が告白するときまで見守ってあげるべきだと思うし、なにもわざわざ親が進み出て声高に言い張らなくてもいいと思う。

 そして自分の発達障害が全世界へ、母親を通じて発信されていることを子供は知らないと思う。

 

 一見、子供の希望や夢を最大に支えているように見せて、実は果たせなかった自分の夢を叶えようとする子供を無意識下で潰しているのではないかと思えてくるのだ。

 子供が大きくなって、母親がしていることを知ったとき、さらには、芸能人としてもっと売れ始めたときにマスコミなどに嗅ぎつかれて、自分が知らなかった以上のことを知ることになる悲劇。

 私の老婆心も甚大すぎると思うが、母親が娘を引きずり下ろそうとしているようにしか見えないのだ。この女性の承認欲求欲が非常に強すぎて。

 子供が、母親が気づかない嫉妬心から繰り出してくる障害物を華麗に潜り抜けて、いつしか素敵な芸能人として世に出ることを心から祈っている。

彼は彼ではなく、父親の亡霊として生まれ出た。

 尾崎豊はまったく好きではない。中学生の頃は大きな反抗期を迎えていたので、彼の歌詞に共感していたけれど、高校生になり、ふと気づけば尾崎の矛盾点ばかり目について、本当の不良じゃないじゃんという認識になり、以来大嫌いになった。

 彼のナルシシストっぷりも異常だし、あんな中高生のカリスマ的存在にのし上がったのに斉藤由貴と不倫をしていたりするなど、訴求と行動がちぐはぐなのもなんだろうコイツと、私の中の低い位置に堕落していった。

 それぐらい尾崎豊は嫌い。そして彼の息子が、尾崎の生まれ変わりのようにデビューしてきた。顔は父親を彷彿とはさせないが、歌う声が尾崎豊そっくり。というかほとんど本物。半分本物だから似るのは当然なんだろうけれど。

 それでもね、この息子、将来はどうするんだろう。私たち世代に尾崎ファンはいまだ棲息しているからなんとかお金になるだろうけれど、今後息子に新しいファンはつく可能性はあるのだろうか。アラフィフのおじさんおばさんにガードされた若い歌い手を、彼と同世代の人たちは好きになるだろうか。

 息子は父親を越えていくとかなんとかを耳にするけれど、この尾崎豊の息子は、父親が眠る棺桶に自ら入って横たわり、そこから歌を歌っているようにしか思えない。尾崎豊のファンが息子を通して生前の彼を見ているのを承知で、父親を演じている息子。

 息子が尾崎豊の亡霊のように見えてくる。

図書館の本と温泉。

 又吉直樹の『火花』が単行本で刊行されたのがいつだったか、いまアマゾンで調べてみたがわからなかった。しかし、文庫本が発売されたのが、今年2017年2月10日。

 私は普段から図書館を利用しない。仕事など参考資料として必要で、買うほどではないけれど、目を通しておきたいレベルの書籍だったら、足を運び目を通すか、たまに借りたりする。一方、本当に欲しい本は自腹を切って買って読んで、本棚に入れる。欲しいものは自分のお金で買うのは当たり前というスタンス。本ももちろんそう。

 それと、図書館の本が嫌な理由は、誰がどんな手で触ったのかわからないから。私だって本を読みながら、鼻の脂を拭き取ったり、涙を拭ったり、唇の皮を剥いたりする。図書館で本を借りて読む人のなかにも、同じようなことをする人はいるだろう。さらにいやなのが、ページの間にお菓子のカスが挟まっていたり、虫が潰れて押し花ならぬ、「押し虫」になっているとき。そんなものを見つけたらもう触れない。それに、横になって本を読んでいるときに、ページの間にはさまっていた何らかのカスが顔に落ちてくるのも、考えただけでもいやだ。寒気に襲われて、目が開けられないほどだ。

 それぐらい、図書館の本は嫌いなのに、先日地元図書館における単行本『火花』の予約数を調べたら、なんと34人もいた。一人2週間借りるとして、34番目に本が来るのは1年ぐらいかかる。そこまで待ってもこの本を読みたいのだろうか。いまならもう文庫本も出ているというのに……。

 こういう神経が私にはまったく分からない。これは一体何に近いだろうとしばらく考えていたのだが、出てきたのは……。

 源泉掛け流しではない温泉と、温泉を持って帰れて自宅の風呂に張って入る楽しみ方ではないだろうかとひらめいた。

 図書館の単行本を借りて読む人は前者、後者は文庫本を買う人。図書館の本は、破損などしてもほとんど買い換えたりせずに、次の予約者にわたる。温泉でいえばお湯は掛け流しではなく、前の人が浸かった湯に自分も浸かる。その繰り返し。お湯はどんどん汚れていくのが単行本と一緒。

 一方、自宅で温泉の人は、単行本本来のデザインなどは味わえないように、温泉そのものの雰囲気はないが、泉質は同じなので身体にいい=本の内容は変化しないということではないだろうか。本来単行本派の私でも、ここまで待っているなら文庫本も出ていることだし、文庫本を買う。汚れた温泉の宿ならば、お湯を買って帰って湯船に張る。そういうことだ。

 こう考えてみても、やはり私の理解を超えている。読みたい気持ちをずっと持ち続けている人、ちょっと親しくなれそうもない。

猫との出会い②。

 病院へ行く準備の前に、この近辺の獣医を探さなくてはならなかった。20年前に猫を飼っていたときに世話になった病院だけは絶対にかかりたくない。ここで書く必要はないから省略するが、嫌な思いをたくさんさせられた。だからその一心で、検索して出てくる病院で、連れていきやすそうなところをチェックしていく。すると地元の最寄り駅に新しい動物病院が出てきたので、すぐさま電話をかけた。

 少しのコール音で対応が始まる。先ほど自宅裏で子猫を保護したこと、すぐに連れていける準備は整っているが見てもらえるか、ただし私はここに住んでいるわけではないので通院は不可能、それでもいいかなどを確認する。先方は淀みなく答えてくれて、いますぐにでも対応可能とありがたい言葉をいただいた。

 私は母に自転車を借り、自転車の前カゴに子猫を入れたキャリーバッグをくくりつける。実家から駅までは約2㎞と本当に中途半端な距離で、結婚と共にペーパードライバーになってしまった自分が恨めしくなった。父親は仕事だから頼れないし、母親は車の買い換えと共に運転は引退してしまい、とにかくこの両親は使えない。さっき来た道を戻り、診察後にはさらに実家に戻るというこの実家の所在地に、憤り以外の感情が湧かなくなった。しかしぼやいていても始まらない。子猫の健康診断を受けなくては。

 自転車で立ち漕ぎをしてハンドルを左右に大きく振ってでもいいから少しでも早く病院に到着したい気持ちを抑え、バッグの中にいる子猫に細心の注意を払い、ペダルをゆっくりと漕ぐ。時折、子猫に声をかける。返事はないが、生きている。窓から顔を覗かせている。多分元気そうだ。自転車で約10分の道のりを、逸る気持ちとは反比例の速度で病院を目指していった。

 到着すると、すぐに先ほどの電話の本人だとわかってくれたようで、診察室に通された。猫風邪は引いていて、熱も出ているが元気。生後1.5か月ぐらい。体重は350グラム。ノミがたくさんいるからノミスプレーを施してもらう。頭部にはかけられないらしいので、首までびっしょりになるまでかけてもらった。そして、私が一番気になっていた性別判定。昨日、手のひらに乗せて股間を確認したとき、ちんこらしきものはあった。ただ、子猫は小さいときには判断が難しく、ある程度大きくなってからでないとわからないことは薄々耳にしていたので、ここで先生の判断を仰ごうと思っていた。過去私は3匹の猫と暮らしてきたが、いずれも皆オスだったので、今度は完全室内外になるし次はメスがいいと密かに所望していた。

 先生が子猫の尻尾を持ち上げ股間を確認し、一言。

「男の子ですね」

 その瞬間私は先生に向かって「あー」という苦笑いをしつつ、でもしょうがないという表情も出して答えた。本当、こればっかりはしょうがない。これもご縁なのだ。でも女の子の猫、飼ってみたかった……。

 今後のトイレの作り方の指示と目薬をもらい、病院をあとにする。健康だったし、昨日の出会いのときから感じていたが、目やにはたっぷりこびりついていたが目力はかなりの強さだったし、きっと多分猫エイズ白血病は陰性だろうと確信していた。でもその検査はまだ小さすぎて、身体が耐えられないのだそう。これは自宅付近で獣医を探してからの話になるだろう。

 再びバッグを自転車の前カゴの部分にしっかりとくくりつけ、実家に戻る。次の懸念は、部屋に放ったら怯えて冷蔵庫の下などに隠れてしまうかもしれないこと。それを阻止するため、実家リビングではちょっとしたバリケードを母と設けて、キャリーバッグを床に置き、ジッパーを広げた。怯えて出てこないかと思ったら、全然恐れることなく悠々とかつしっかりした足取りでバッグから現れ、室内を歩き回り始めた。

 この子猫の大胆不敵な行動に、最初私は目を疑った。少しは怯えてもいいんじゃないの……と。全然臆することなくゆっくりとだが歩く姿は、まるでこのリビングで生まれたような態度だ。なんだろう、この肝が据わった図々しいこの生物は。唖然としながら床に座る私の膝に、子猫が上ってきた。信じられない。そのまま手を出すことなく彼の自由にさせていたら、私の肩まで上りそこで毛繕いを始めた。私とあんたはほぼほぼ初対面なのに、なんでこんな場所でくつろげるの? この大胆さ、私にも分けて欲しいと心の底から思った。

 しばらく子猫の好きなようにリビングを歩き回らせ、水とエサも与えた。仕事から上がってきた父親が姿を見せるも、子猫は怯えることなくマイペースを貫いている。強い猫だ。だから4日間も水だけで生きられたんだろう。

 ふと気づけば、実家にも随分長く滞在した。これ以上いると父親と私が喧嘩をし始める可能性があるから、お暇することにした。私と父親は結構仲が悪い。その騒ぎが猫に伝播したらもっとかわいそうだ。しかし、さすがに子猫が入ったキャリーバッグを抱えて歩いて駅まで行く気力も体力も残っていない。だからタクシーを呼んだ。

 数分して到着したタクシーに乗り込むと、運転手はスピードを出して走り始めた。これが私一人だったら何も考えずに乗り続けていたと思う。しかし今日は少しばかり母親の心境を持ち合わせている。運転手に子猫がいるので、遅くなってかまわないのでゆっくり走ってくれと告げる。すると運転手はかなりの猫好きらしく、喜んでスピードを落としてくれ、さらに私にこの猫についていろいろ質問してきた。

 私も約20年振りに猫を飼えるうれしさも相まって、調子よく話す。運転手は自分の飼い猫の話もしてくれて、和やかな雰囲気に包まれたままタクシーは駅に着いた。支払いを済ませて降車際、運転手さんが「お大事に」と言ってくれたのが、とてもうれしかった。

 そうして、子猫が入ったキャリーバッグを抱えて電車に乗り、私は自宅を目指したのだった。

猫との出会い①。

2017年3月13日、16年の9月14日に実家の裏庭で保護した猫の去勢手術が終わった。

 

 見つけたときは、まだ赤ちゃん特有のポワポワした感じの毛で覆われ、顔はちっとも私好みではなかった。友人の子供が悲しいときに出る顔に似ていて、私はそれがとても嫌いで、この猫を見たとき「将来的に私はこの猫を愛せるだろうか」という心配の方が勝っていた。

 それでもこの子猫を見殺しにすることはできないと、手のひらに乗せて保護を試みたが、触らせるくせに運ばれるのはいやだったようで、ひょいと私の手からジャンプをしてすみの方に逃げてしまった。そこはもう屈んで手を差し込んでも届かない複雑な物置脇に。

 基本、私は「ご縁」を意識して動く人間なので、子猫が去ってしまったときも縁がなかったんだとその場で諦め、立ち去った。なんとなく、あの子猫、間接的に私が殺すことになるんだろうな〜と思いながら。その夜は、夫も合流して私の両親と一緒に焼肉を食べに行った。焼肉をひっくり返しながら、あの猫はどうなるんだろう、わたしのせいになるのかと、猫のことばかりを考えていた。でも、逃げてしまったものはしょうがないという気持ちで無理矢理猫への気持ちに蓋をしていた。

 しかし、帰宅して寝るときもまた猫のことが頭から離れない。でもしょうがない、逃げたのはあの子と自分を納得させながら。

 

 翌朝、特に仕事もなく筋トレをしていたら、母親から電話。iPhoneが壊れてしまってどうしても直らないから見に来て欲しいと半泣きだった。ほんとうもう、実家は電話事情に呪われているとしか思えないほど、流れが悪い。しかも私の筋トレ時間を邪魔してまで……!という怒りも湧いたが、次に起きた気持ちは、「猫を保護できるのでは?」だった。慌てて母にすぐ行くから猫はどうしたと聞くと、まだ私が手に乗せた場所にいるという。すぐさま保護するよう指示するも「お母さん、そんなのこわくてできない」と半泣きの反応。これにはイラッとしたが、父親に頼んで保護してもらえ!と指示し、大急ぎで出かける準備をする。その前に猫の保護準備だ。そしてそれよりも前に夫へ、猫の飼育許可だ。もう許可なんて言っていられない。猫を保護して飼うのだ。だから私は夫に

「昨日見かけた猫を保護します。飼わせてください。お願いします」

 普段私は夫に対して敬語なんて使わない。ただこのときは保護したさ一心だった。

 これだけを送信し、返信は待たずに家を出た。行き先は地元の薄汚いペットフード店。ペットグッズを扱っている店がここしか思い当たらなかった。こんな町なのが、また情けない。キャリーバッグとエサを求めに向かったが、なんということでしょう。まだ開店していない。こういう事態になると余裕がなくなる私は、心底この町と自分を呪いたくなる。自転車すら持っていないことにも腹が立ってくる。ここから駅まで歩いて15分ほどだが、タクシーを拾う距離でもない。

 駅と反対方向の店に行くもまだ開店しておらず、あきらめて駅に向かうという時間のロスが重なり、その間に子猫はどうなってしまうんだろう、そればかりが頭の中を回っていた。ここで時間を潰していたらもったいない。まずは少しでも実家に近寄った方が得策ではないかと考え、実家最寄りの駅そばにあるホームセンターの開店時間を調べるとすでに営業中。やった、ひとまず神さまは実家近くにいそうだ。そこから電話をかけて、ペットグッズの有無を確認すると、いい返事がもらえた。大丈夫、保護できる。根拠のない強い確信が私を奮い立たせる。武者震いをしながら、いざ電車に飛び乗る。

 さすがに車内で猫のことを考えていてもどうしようもできない。こんなに神経が昂ぶっているのに読書なんてできるわけがない。できることは……、占いを見てみることだ!と思い立ち、iPhoneの占いアプリを立ち上げて見てもらう。結果は「うまくいく」だった。よし、本当に運も神さまも私を応援してくれている。全身に力が漲る感じがあり、私は一人大きく深呼吸をしていた。

 

 駅についてグーグルマップでホームセンターの場所を改めて確認する。これが私の記憶違いで、予想以上に遠いし、実家とは逆方向。駅からタクシーに乗るほどの距離でもないが、ただ実家からは遠ざかる。まぁ、いい。とにかく道具を購入しようと自分を立て直し、店に向かい、揃えることができた。

 会計を済ませ、さぁどうするか。駅に戻ってタクシーに乗るか、それとも駅を通過して歩いて向かうか。駅に向かうロスを考えると、そのまま実家に徒歩で向かった方が早いと踏んで、歩を運び始める。ポケモンGOがあってよかった。この無駄だと思われる距離も、バディポケモンや卵の孵化で稼げるじゃないか。なんという前向きな気持ち。

 20分ほど歩いて実家に到着し、仕事中の父親に向かって「飼うから!」と、何も聞かれてもいないのに力強く宣言する。このときの私は、もう誰にも文句は言わせないと強張った表情で決意表明をしていたと、今になって父に笑われる。それぐらい、私はいろいろなものを突っぱねて猫を飼おうと覚悟していたのだ。

 キャリーバッグを携え、昨日逃げてしまった場所へ行くと猫はいない。父親が物置の中に保護したのだそう。しかしながら、物置の中で保護したから安全とはいえない。実は40年近く前、この物置で子猫を段ボールに入れて保護したのだが、ねずみにやられて腹が割かれていたのだ。あのときの衝撃は忘れない。今も申し訳なく思っている。だから物置の奥の方に入っていないことを願って引き戸を開けて中を見渡すと、いない。しかし視線を足元にやると、

いた!!!!!!!!!!!!!!

小さく踞りながら昨日の子猫がいた。慌てていたので乱暴気味に買ってきたキャリーバッグを開けて子猫を入れる。ここで本当に安堵した。保護に手間取るかと心配していたけれど、難なくあっさりとすませることができた。ああよかった。走りながら実家に戻り、子猫用ウエットフードの封を切り、バッグに突っ込む。猫はおもむろに容器に近づきながらモソモソと食べ始めた。食べる気があるなら元気だろ。その後、水も準備して子猫に与える。それにしてもガリガリだ。ノミがたくさんいるんだろうなぁと、改めて見ると触ることすら躊躇わせる汚さだった。

そして、食べ終わったのを見計らって、私はこの子猫を病院へ連れていく準備に取りかかった。

書くこととは、生きること。

なぜ唐突に今さらブログを始めたか。

 それは、先週の金曜日に行ってきた「預言カフェ」で言われたことがきっかけ。

「あなたが蔵のようなところにしまっていた、前に磨いていた技能や才能をもう一度取り出して、埃を取り払い磨いて油を差して、カムバックさせるような道もあり、そのことも心に置きながら進むあなたを助けましょう」

 このような預言をもらったから。

 預言というのは、何について言っているのかは、占いと同様ぼやかしていると感じる。ただ、この日の私は仕事の悩みが肥大化しすぎて、半ば助けを求めるような気分訪れたので、当然仕事での預言として捉えていた。

 預言から、自分の今までの足取りを振り返ると、蔵にしまったと実感するのは東南アジアに関する情報をあつめること。そしてこのように長文を書くこと。10年前まで、さまざまなSNSたくさんブログを書いてきていたし、仕事で文章も書いてきた。決して上手だとは思っていないが、書き終えた後の爽快感はなかなかのものがある。反面、書いているときの苦しさは半端ない。その間を縫うようにして、文章を書いて、読んで、編集をして生きてきた。

 そもそも私自身がこの技術を蔵にしまった感覚ではなく、ツイッターの登場が悪しきものだと捉えている。140字で簡潔に伝える力は強まると思うが、長文の読み書きの能力がどうしても衰える。それにまとめサイトといった超素人文章ばかりを読んでいたのも、婉曲に言っても蔵にしまった事象だと思う。10年もの長い間時間を無駄にしてすごしてしまった。このことは後ろめたかったが、どうしても止めることができなかった。

 しかし、今回預言カフェでの言葉で、やはり改めて長文を書くトレーニングを再開しようと思い立ち、今日から始めた。

 このブログ再開がすぐに仕事につながるとは思えないけれど、いつどんなときに執筆の仕事が来ても狼狽えることなくできるよう、日々研鑽していこうと心に誓ったのである。

スピリチュアルが正常で。

 

「note」で預言カフェを訪れた記事を書いていたけれど、誤操作で全部消えてしまった。

「預言カフェ」ではなく、違う話をする。

  最後の職場で知り合い、割と仲良くなった人がいたのだけれど、去年の寒い日を最後に、会わなくなってしまった。原因は私にはわからない。思い当たることといえば、その日に食事をした店と次に入ったカフェの両方がオープンテラス的な席で、寒がりの彼女を非常に不愉快にさせたからだと思っている。私は寒いのが好きで、オープンテラスでも全然平気。一応彼女を気遣ったのだが、それでも私の配慮が欠けていたのだろう。ただ、この日は会った瞬間からなんだか彼女の感じが違うのをはっきりと感じていた。

  それ以来疎遠になり、どうにか連絡を私から取ってみたのは16年の8月。半年以上経ってからの連絡だ。彼女のメールでの感じはいつもと変わりなく、相変わらず穏やかだ。たまには会いたいと送ったら、すぐに返事が来た。しかも日にちも予備日を考慮してスケジュールを教えてくれる。私の取り越し苦労だったのかなと思えて、このときは安堵した。

 しかしながら、約束が近づいたある日、彼女が長年飼っている猫の具合が芳しくないとのこと。よくなるまでそばにいてあげたいので、約束は延期にしてくれと連絡が来た。そんな理由とあれば、猫を優先してほしい。非情な人間だと私自身自覚しているけれど、猫に対してはそこまでではないと自分を信じたい。だから私は彼女からの延期の依頼を快諾した。

  そしてさらに約半年。今も彼女からは何の連絡もない。私から連絡してもいいのだが、猫の調子がどうなったのかわからないので、何としたためてメッセージを送ったらいいものか。猫元気? 猫死んだ(さすがにこれは言えない)? どっちにしろ連絡をくれないのは、猫に何かがあったからだろうと踏んで、静観していた。

  しかしながらある日、私は彼女のツイッターのアカウントを発見してしまう。最後に会ったあとに、私と相互フォローだったアカウントを消し、そこから新にアカウントを作っていたのだ。

 粘着質の私は彼女のホームへ飛び、近況を読み込んだ。一応猫は大丈夫、新しい事業を始めようと思っているなどなど。いろいろ動いているようだけれど、このことについて私は何一つ聞いていないし、知らされてもいない。メッセージのやり取りすらないのだから当たり前だが。

  彼女はなんの事業を始めたのかというと、ざっくり言ってスピリチュアル。動物(ペット)にも特化している施術(?)らしい。私はこの方向を毛嫌いしているので、知ろうとも思わないし、専門用語も耳にしただけで寒気がする。これを知った瞬間、ああ、彼女とは本当に終わったのだと実感した。

  それと、これは私の勝手な見解だけれど、彼女はとても忘れっぽい。最初は私も適当な人間なので、私の記憶違いだったのだと納得していたこともあったけれど、彼女の場合物忘れが頻繁に起こる。べつの知人が、彼女の忘れっぽい性格が原因でしょっちゅう仲違いをしていると嘆いていた。そのことが唐突に私の脳裏に過ぎったのだ。

  さらに、彼女のツイッターにリンクされているブログを読むと、過去に摂食障害で苦しんだり、アダルトチルドレンだったという記事がある。彼女も相当つらい経験を経て今に至るのだと知る。これは私の身内で一例しかないのでなんとも言えないのだが、精神疾患者は精神に異常を来しているときのことを、正常になるとケロッと忘れてしまうらしい。彼女の物忘れの激しさと、この身内の忘れ方が私の中で絡み合って重なっていく。そしてどんどん辻褄が合っていく。

  私が彼女と出会ったとき、彼女はスピリチュアルから抜け出していた。そしてまた再びあの世界に戻っていた。つまりは、私といたときのことはもう彼女の中には微塵も残っておらず、忘れるどころかゼロになった、雲散霧消してしまったのだ。

 ブログの彼女を見ると、スピリチュアルの世界に生きていて、とても幸せそう。彼女の幸せを壊す資格など、私が持っているわけない。持っていいはずない。彼女のこの真相/深層を知り、私は彼女から離れることを決意した。私も打たれ弱い人間だけれど、スピリチュアルにどっぷり浸かってまで自分を救いたいとは思わないし、あっちの世界へ行ってしまった彼女に救ってもらいたいとは思わない。その前に自分を救う方法なんていくらでもあると考えるから。

  多分、彼女に連絡はしないし、彼女からも連絡は来ないと思う。ただ、先述したように私は粘着質が相当強い人間で、来るものは時に拒み、去る者は徹底して追うタイプなので、どうしても彼女のツイートとブログは読んでしまう。そしてそのたびに、関係性は終わったなと思ってしまうのである