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仕事のないフリーランスは、 無職と同じ色。

さて、どこから書き始めたらいいものか。

 編集が主軸のフリーランスになって約3年半。開高健の言葉を借りれば、「漂えども沈まず」といった塩梅で、今日ここまで来た。人望が薄く、人脈の少ない私がここまで来られたのは、私を思い出してくれた皆さんのおかげ。本当に感謝している。

 2016年の12月に懇意にしている会社から大きな仕事の打診があり、それが取れたら私にお願いしたいという。私に話を振ってくださった方の役職は専務なので、これはきっと大丈夫だろうと思い、ほかの仕事は断ってきた。自分なりに丁寧にことわってきた。断った仕事は3件ほど。

 2017年になり、いざ蓋を開けたら、その大きな仕事は相見積で負け、結局私は無職になってしまった。慌てて、断ってしまった他社に自分のスケジュールを伝えるも、けんもほろろな返答ばかり。当たり前だ。断ったんだもの……と思いつつも、なんで専務レベルの人なのに、仕事を取ってこられないの?と半ば八つ当たり的な思いもないといえば嘘になる。

 そして、そんなこんなで2017年ももう4分の1が過ぎ去ろうとしているけれど、一向に仕事がこない日々が続いている。過去の私を見ていると、自分から動いたものについては大抵失敗したり、長続きしないものが多い。私をよく知る人、私を評価してくれる人が間に入って、仕事や人を紹介してくれると結構な確率でうまくいく。それと毎年11月〜2、3月は全体的な運が下降気味になるので、「果報は寝て待て」作戦を取る。

 今回もものすごい不安感に襲われ、毎日毎晩気持ちがぞわぞわしているけれど、それをあえて無視して過ごしている。過ごしているつもりだったが、やはりさすがにここまで仕事がないと、今後の生活に支障を来す。そう思い、異動してしまったYさんや、前職の上司のSさんに営業メールを送る。期待しながら、期待をせずに。二人からはすぐに返事が来たけれど、今すぐどうこうという仕事はないとのこと。大丈夫、今すぐ仕事がもらえるとは私自身も思っていないから。時々私のことを思い出してくれるとうれしいという気持ちで、返事をくれたお礼を返信する。そこで一区切り。

 あとは、最後の手段。神頼みに足を向けるのだ。神社にはいつもこまめに参拝しているが、今回は忌み嫌うキリスト教系に頼みに行く。その名も「預言カフェ」。その話は次で。