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スピリチュアルが正常で。

 

「note」で預言カフェを訪れた記事を書いていたけれど、誤操作で全部消えてしまった。

「預言カフェ」ではなく、違う話をする。

  最後の職場で知り合い、割と仲良くなった人がいたのだけれど、去年の寒い日を最後に、会わなくなってしまった。原因は私にはわからない。思い当たることといえば、その日に食事をした店と次に入ったカフェの両方がオープンテラス的な席で、寒がりの彼女を非常に不愉快にさせたからだと思っている。私は寒いのが好きで、オープンテラスでも全然平気。一応彼女を気遣ったのだが、それでも私の配慮が欠けていたのだろう。ただ、この日は会った瞬間からなんだか彼女の感じが違うのをはっきりと感じていた。

  それ以来疎遠になり、どうにか連絡を私から取ってみたのは16年の8月。半年以上経ってからの連絡だ。彼女のメールでの感じはいつもと変わりなく、相変わらず穏やかだ。たまには会いたいと送ったら、すぐに返事が来た。しかも日にちも予備日を考慮してスケジュールを教えてくれる。私の取り越し苦労だったのかなと思えて、このときは安堵した。

 しかしながら、約束が近づいたある日、彼女が長年飼っている猫の具合が芳しくないとのこと。よくなるまでそばにいてあげたいので、約束は延期にしてくれと連絡が来た。そんな理由とあれば、猫を優先してほしい。非情な人間だと私自身自覚しているけれど、猫に対してはそこまでではないと自分を信じたい。だから私は彼女からの延期の依頼を快諾した。

  そしてさらに約半年。今も彼女からは何の連絡もない。私から連絡してもいいのだが、猫の調子がどうなったのかわからないので、何としたためてメッセージを送ったらいいものか。猫元気? 猫死んだ(さすがにこれは言えない)? どっちにしろ連絡をくれないのは、猫に何かがあったからだろうと踏んで、静観していた。

  しかしながらある日、私は彼女のツイッターのアカウントを発見してしまう。最後に会ったあとに、私と相互フォローだったアカウントを消し、そこから新にアカウントを作っていたのだ。

 粘着質の私は彼女のホームへ飛び、近況を読み込んだ。一応猫は大丈夫、新しい事業を始めようと思っているなどなど。いろいろ動いているようだけれど、このことについて私は何一つ聞いていないし、知らされてもいない。メッセージのやり取りすらないのだから当たり前だが。

  彼女はなんの事業を始めたのかというと、ざっくり言ってスピリチュアル。動物(ペット)にも特化している施術(?)らしい。私はこの方向を毛嫌いしているので、知ろうとも思わないし、専門用語も耳にしただけで寒気がする。これを知った瞬間、ああ、彼女とは本当に終わったのだと実感した。

  それと、これは私の勝手な見解だけれど、彼女はとても忘れっぽい。最初は私も適当な人間なので、私の記憶違いだったのだと納得していたこともあったけれど、彼女の場合物忘れが頻繁に起こる。べつの知人が、彼女の忘れっぽい性格が原因でしょっちゅう仲違いをしていると嘆いていた。そのことが唐突に私の脳裏に過ぎったのだ。

  さらに、彼女のツイッターにリンクされているブログを読むと、過去に摂食障害で苦しんだり、アダルトチルドレンだったという記事がある。彼女も相当つらい経験を経て今に至るのだと知る。これは私の身内で一例しかないのでなんとも言えないのだが、精神疾患者は精神に異常を来しているときのことを、正常になるとケロッと忘れてしまうらしい。彼女の物忘れの激しさと、この身内の忘れ方が私の中で絡み合って重なっていく。そしてどんどん辻褄が合っていく。

  私が彼女と出会ったとき、彼女はスピリチュアルから抜け出していた。そしてまた再びあの世界に戻っていた。つまりは、私といたときのことはもう彼女の中には微塵も残っておらず、忘れるどころかゼロになった、雲散霧消してしまったのだ。

 ブログの彼女を見ると、スピリチュアルの世界に生きていて、とても幸せそう。彼女の幸せを壊す資格など、私が持っているわけない。持っていいはずない。彼女のこの真相/深層を知り、私は彼女から離れることを決意した。私も打たれ弱い人間だけれど、スピリチュアルにどっぷり浸かってまで自分を救いたいとは思わないし、あっちの世界へ行ってしまった彼女に救ってもらいたいとは思わない。その前に自分を救う方法なんていくらでもあると考えるから。

  多分、彼女に連絡はしないし、彼女からも連絡は来ないと思う。ただ、先述したように私は粘着質が相当強い人間で、来るものは時に拒み、去る者は徹底して追うタイプなので、どうしても彼女のツイートとブログは読んでしまう。そしてそのたびに、関係性は終わったなと思ってしまうのである